= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.281

2014年9月12日

応援団サイト



書籍、DVD、それとも先生?

ジニーフォーラムでつぎのような投稿がありました。

"ジニー"の2002年10月号に、ロベルト・ジョッビがホワン・タマリッツにインタビューした素晴らしい記事が出ていました。タマリッツの言葉を一部を引用します。

"マジックを学ぶには、先生から学ぶよりも、優れた書籍から学ぶしかないというのが、私の信念です。先生というのは、学び始めの段階では書籍に勝ることもあり得ますが"

私がいま演じているものもすべて書籍から学びましたが、最近ではそれらの書籍の著者とインターネットを介して知り合い、メールで直接教えてもらうこともあり、たいへん助けになっています。

しかしマジックがかなり上達した現在は、先生から教えられることが吸収できますが、もしも私がマジックを始めたばかりのときにそのような指導を受けていたら、はたして私の成長はどうだったのだろうかと思います。その点で、タマリッツ師の指摘したことは正論なのでしょうか。皆さんはどのように思いますか。


これに対する最初の回答はつぎのようなものです。

私はタマリッツの考えに、ある部分で賛成です。でも私は数年間先生についていて、主にプレゼンテーションについて教わりました。先生はプロマジシャンでしたから、本当に大切なことを学びました。書籍がマジックを学ぶ重要なツールであることを認めると同時に、先生から学ぶということも重要です。

この回答は、一言で言えば、書籍と先生の両方から学べ、という意見です。しかしこれは少しタマリッツの述べていることや質問者の指摘していることとは、ポイントがずれています。同時にではなく、先に書籍から学ぶことの重要性について、質問者は指摘しているのではないでしょうか。

ここでトミー・ワンダーの核心に迫る考えを指摘してくれる投稿がありました。

書籍から学ぶか先生から学ぶかという、方法論ではなく、学ぶということの根本姿勢について、トミー・ワンダーが指摘したことを思い出してみましょう。ワンダーはつぎのように言っています。

"私はマジックというものは教えられるものであるとは思いません。マジックは学ぶことはできますが、人に教えることはできないものです。学ぶことは自分ですることです。その反対はあり得ません。教えられてそれが身につくなどという、安易なことはないのです"。

あなたがマジシャンとしてあるレベルになったとき、あなたの内部に色々な要素が詰め込まれ、それらが融合してあなたでしかあり得ないものに仕上がっています。そのようなものを他人があなたの中に無理矢理詰め込むようなことは、けして望ましくありません。


これはすごい意見です。なぜなら、私はあるプロマジシャンの家にうかがったとき、弟子の人が指導を受けているのを見させていただいて、身振り手振り、そして足の運びまで師匠そっくりの動きをしつけられているのを目撃したことがあるのです。まさに上記の意見は、そのような教え方がマジシャンの成長によくないことを指摘しています。

そしてここで、質問者の指摘するポイントとはずれていますが、するどい指摘がありました。

書籍や先生から学ぶのは、ある時点まではよいやり方ですが、マジックを学ぶ最良の方法は、観客の前で演じる何千時間以上の経験から学ぶことです。

そう言われればぐうの音もでません。でもポイントがずれ過ぎています。質問者は観客の前で演じるなどという時点の話をしているのではありません。

そしてここで先生と書籍の性質の違いを理論的に指摘した投稿があります。

書籍から学ぶときは、思考プロセスが必要です。先生から学ぶときは、ただ教えられた通りにやればよいのです。

「みんないいことを言うな~」と私は感心しました。と、そこでタマリッツの言葉の揚げ足を取るような指摘がありました。

タマリッツが"書籍から学ぶのがベストである"と言うなら、議論の余地はありますが、"書籍から学ぶしかない"というのは、あまりにも無茶な発言です。

こういうのを、"言葉尻をとらえる"と言います。

でもこの投稿者がつぎに言っていることは、いままでの投稿者が指摘しなかった重要なことです。

先生と生徒の関係と言えば、リッキー・ジェイがバーノンやミラーとの関係を語っていることや、マイク・スキナーとエディ・フェクターとの関係を考えたら、いかに重要なことかわかるでしょう。たいていのマジシャンは書籍から学ぶでしょうが、それは文章から理解するだけです。具体的に言えば、デヴィッド・ロスのコインの手順は学ぶことと、、デヴィッド・ロスから直接教わるのとは違うのです。

この投稿をバックアップする投稿も続きました。

"Deceptive Practice"というドキュメンタリー番組の中で、リッキー・ジェイはタマリッツと反対のことを言っていましたよ。正確な表現は定かではありませんが、彼は書籍を読むのは好きだけれど、マジックを学ぶには先生から学ぶしかない、ということを言っていました。

風向きが書籍派から先生派に向いてきたところで、書籍で学ぶことの欠点をぐさっと指摘した投稿が登場しました。

先生とは言わずとも、人からマジックを見せられたり、映像を見たりしておぼえようとするときは、そのやり方が良いか悪いか判断することができます。ところが、書籍に書かれているやり方は、それが優れたやり方であるのかそうでないのか、判断できるとはかぎりません。

とここまでくると、私のこの問題に対する結論ははっきりしてきます。

先生に教えてもらうとしたら、例としてあげた、手足の動きまで強要するような教え方とか、その先生が優れた演技者でも指導者でもないなら、先生に教わることは百害あって一利なし、です。リッキー・ジェイの例では、バーノンやミラーという、先生として超一流の先生の話なのです。それをわけのわからないような先生に教わることと一緒にしてはいけません。

先生に教わることの欠点は、先生の指摘したことが間違いではないかと感じたとしても、「先生それはおかしいでしょう」とは言えません。いま私はボウリングについて定期的に先生に教わっていますが、どうしても現代アメリカボウリング界の理論には当てはまっていないような気がしてなりません。それでもレッスンを受けている以上、先生がやれと言ったことはやらなければなりません。

書籍で学ぶことも同じです。優れた著者、すなわち正しいやり方を書くレベルの著者の書いた書籍を学ぶならよいのですが、じつは世の中には、そうでない著者が多くいます。名前はあげませんが、ある著者は本のページ数を増やすために、教えてはならないようなやり方まで解説しています。

インターネットでは、マジックを始めたばかりの人が、チュートリアルと称してやり方を解説しています。そのようなものを見てマジックをおぼえても、うまくなるわけがありません。

私は書籍が先か、先生が先か、はたまた映像が先か、ということに確固たる主張をする自信はありません。でも少なくとも自信を持って言えることは、マジックを学ぶどの手段にしても、長所と欠点があり、優れたものとそうでないものとがあるということです。

では優れているかそうでないかを判断できるようにするにはどうしたらよいでしょう。今日見られる映像のほとんどでは、やり方を教えているだけです。手本を見せてからやり方を教えれば、それでDVD商品としては成立するからです。

それに対して書籍というものは、やり方だけ書いたのでは薄い本になってしまいますから、歴史的なことを書いたり、その作品がとのようにしてできたかとか、そして演技的な注意点についてなど、多くの情報を教えてくれます。

そして書籍の長所は、文章を読んで理解するという過程があるために、想像力、理解力、思考力が同時に育成されていきます。

さてこのへんで今回のメインテーマ、"書籍が先か先生が先か"、もしくは"書籍から学ぶのがよいか、先生から学ぶのがよいか"、ということに私なりの終止符を打つことにいたします。先生をとりあえず映像と置き換えて考えてもかまいません。

私の結論、それらはどれも有効に使えるものであり、どれも優れたものを使わなければいけないし、そしてどれが先ということではなく。どれも適宜、もしくは同時に使うということがよいのではないでしょうか。