= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.283

2014年9月26日

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マジシャンの反応VS一般の観客の反応

前号において、ダローディスプレイに関して、マジシャンの感じ方と一般の人々の感じ方の違い方について触れましたので、この号では、それに関係したことを書きたいと思います。

もう10年もまえのことですが、マジックカフェのあるスレッドにおいて、マジシャンのリアクションと一般の人々のリアクションということに関して、つぎのように投稿いたしました。

(株)テンヨーのクリエーターとして37年間の経験を通して、私たちが考えて発売された商品に対しての、マジシャンと一般の人々のリアクションというのを観察してきました。私たちの商品の顧客のほとんどは、ほとんどマジックの経験が少ない一般の人々です。それに対して、マジックを考案する私たちの方は、マジックについて多くの知識と経験のあるマジシャンです。

私たちは、「これは売れるに違いない」と思った商品があまり売れないということを、何回も経験してきました。たとえばルーバー・フィドラーの'インポシブルペン'は、私たちテンヨーのクリエーターにとっては驚異的なマジックでした。私がやり方がわかるまでに10回は、やってもらいました。私にとっては生涯でいちばん不思議なマジックでした。

そのように私が感じたのは、まさにマジシャンのリアクションです。しかしながら一般の人々やマジックの初心者の'スポンジボール'に対するリアクションの方が、彼らの'インポシブルペン'に対するリアクションよりはるかに大きいのです。このリアクションの違いには、絶対的な理由があるのです。

どのようなトリックが一般の人々に受けるのかを、一般の人々に対して実際に何回も見せて観察する、というだけではマジシャンとして十分ではありません。その理由をしっかりよく考え理解することが重要です。もしもテンヨーのクリエーターがそのようなことを理解せず、ただトライアル&エラーだけに頼ってきたのだとしたら、不要な投資を無駄にしてきたでしょう。

ところで最近の私のカードマジックの研究は、一般の観客にターゲットを絞ったものばかりになっています。なぜなら、私はプロが使うレベルのもの、すなわちマイケル・クローズが'ワーカー'と称するカードマジックを作ることが仕事だと考えているからです。


香港のアレックス・ホイからからすぐつぎのような投稿がありました。

加藤さんの書かれたことを読んで、一般の人々に受けるというマジックのメカニズムについて、もっと知りたいと思いました。必ず理論的に理由があるはすです。多くのマジシャンがこのようなことを考えることが望ましいと思います。

続いて私はつぎのように投稿いたしました。

アレックスさんの投稿もありましたので、私は一般の人々に受けるマジックの要素をリストアップしていきたいと思います。

マジシャンには受けるが、一般の人々に受けることに失敗するマジックの最大要因は、現象を理解するのに必要な情報を彼らに与えていないことだと思います。たとえば先にあげた'インポシブルペン'の場合は、道具がまことに人工的なものです。マジシャンにはその構造ではペンが消せるはずではないとわかるものであっても、一般の人々には、構造が人工的であるがために、はっきりと把握できないものでした。

私のテンヨーの経験から、より人工的な物や構造を使った商品は、ナチュラルな物やシンプルな構造なものよりも、売上はよくないとわかっています。しかしそれは必ずしもナチュラルな素材を使わなくてはならない、ということではありません。たとえ人工的なものであっても、たとえば'ジグザグシグ'のように、一般の人々にも構造が直感的に理解できるものがあります。私が指摘しているのは、人工的な構造ものは、観客に理解されにくい傾向がある、ということです。

物や道具の構造以外に、一般の人々に馴染みのないもので、マジシャンにとっては常識の範疇に入るものがあります。たとえばフォーエースアセンブリーでは、1枚のAの上に3枚のカードをのせるのは、ごく当たり前のことですが、一般の人々にとっては、そのような所作を見るのは初めてのことかもしれません。一般の人々に対しては、マジシャンがどうして3枚のカードをのせるのかを説明し、それをクリアな動作でやる必要があるのです。

もうひとつ一般の観客に対するリアクションということで、優れたマジックを構成することの障害になっているのが、"マジシャンの勘違い"です。たとえば、花吹雪を舞い散らせば観客は拍手をしてくれるので、マジシャンはそれが"受けた"と思います。しかし花吹雪が舞い散ること自体に不思議さがあるのではなく、演技の締めくくりの表現としての効用が発揮されているのです。

もうひとつ受けているようで、実際にはそれほど一般の人々が驚いていないものに、ペアハンドの鳩出しがあります。これは花吹雪に似ています。このように、マジシャンは素晴らしいと思っているが、一般の観客はそうは思っていないという例は、他にもたくさんあると思います。(もしもあなたが花吹雪やペアハンドの鳩出しが一般の人々にも不思議だと考えているとしても、ここでは私に反論しないでください。あくまでも私はこのスレッドで述べていることの例としてあげているのです)。


一般の人々に馴染みのある素材とか構造ということについて書いてきたので、カードについて別の例として、つぎの例を投稿いたしました。

最近、アラン・アッカーマン'ホテルミステリー'の動画を見ましたが、トリックは素晴らしいもので、私も演じたいと思いましたが、この演技を見ると、マジシャンの常識というものが影響していると思います。すなわち、ハートのKとハートのQというのは、恋人同士というのを表現するのは、マジシャンにとっては適切だとは思いますが、それはマジシャンの常識のなせるわざです。絵札を人と見立てるのがマジシャンの常識かもしれませんが、そのような常識のない一般の人に対しては、ダイヤのAとハートのAが2人の女性であるとして演じることもできるはずです。

アッカーマンがハートのKとQで演じているところを、ハートのAとダイヤのAで演じた方が、見た目には現象がはっきりします。ストーリーを重視するなら、ハートのKとQを使わなければならないかもしれませんが、少なくともこのトリックを大勢の観客に見せる場合には、ダイヤのAとハートのAで演じた方が効果的であるはずです。

このようにマジシャンの常識にとらわれると、一般の観客に対する表現ということに影響を与えることがあります。


この投稿のあとに、アレックス・ホイが、アッカーマンの動画を見て、その動画では彼も現象がよくわからなかったということで、私の指摘したことがよくわかったと投稿してきました。

そこでこのスレッドの最後をくくるのに、もうひとつマジシャンと一般の人々のリアクションで、決定的に違うことを指摘して締めくくることにして、つぎのように投稿いたしました。

私の考えたトリックを会社の同僚の下村氏に見せたのですが、彼は正直に面白くないと言いました。その理由は、彼はやり方がわかってしまい、不思議さを感じられなかったからです。そのあとそのトリックを何人かのマジシャンでない社員に見せたところ、彼らはたいへん驚いていました。皆さんの表現を借りれば、キラートリックと言えるようなものでした。

そこでマジシャンと一般の人々のリアクションについてのこのスレッドの、最後の要素として、"マジシャンはやり方がわかってしまうために、トリックの良さを理解できないことがある、ということを指摘いたします。マジシャンの意見がネガティヴだからと言って、すぐそのトリックを捨ててはいけません。あくまでも一般の人々のリアクションを見る必要があるのです。


そう言えば、私が'シカゴオープナー'を初めて見せられたとき、まったくつまらないトリックだと思いました。その後、多くのマジシャンが一般の観客に対して使って良いリアクションを得ているのを知り、ようやくこのトリックの良さが理解できました。たぶん現在の私でも、素晴らしいトリックを見過ごしていることがあるのではないかと思います。