= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.314

2015年5月1日

応援団サイト



天海パームの疑問から

先週、天海パームで親指が見えるのがどうのこうの、ということを書きましたが、天海フォーラムでの質問者が、インターネット上で議論されていたと指摘していたことから、パソコン画面での演技と、観客のいる場での演技での違いということにも着目すべきだと思いつきました。

YouTubeなどで天海パームが使われている演技を見ると、体全体を撮影するのではなく、手先だけ撮影するものがほとんどです。そのように手だけ見えているときの手の怪しさと、同じ手つきでも体全体が見えているのでは、怪しさの度合いが違うことが考えられます。

たとえば右手のカードを左手に渡したように見せて、右手に天海パームした場合、画面の中で左手と右手だけがクローズアップされていれば、左手のカードを消失させたとき、見ている人のは同時に右手も見えています。ですからそのとき右手の親指が見えない状態になっていれば、それが怪しく見えるに違いありません。

しかし舞台やサロンにおいて、体全体が見えていれば、カードを左手に取ったように見せたとき、マジシャンの体は左に向いていて、しかも左手の方に視線を向けています。観客はその姿全体を見ていますから、右手への注目度は、手先だけを見せた画面のものとはまるで違います。

そのとき右手はなるべく静的な状態、極端な言い方をすれば、死んだ手にするべきです。ですから親指は見えない方がナチュラルです。

両手だけが画面の中に映っている状態では、とても右手を死んだ状態になどできません。

そこに四角い画面の中で演じるマジックと、舞台マジックやサロンマジックとの根本的な違いがあるのです。技法を判断するときに、その違いを区別しないで考えるから、石田天海フォーラムにおいて、質問者と回答者がとんちんかんなやり取りをするということになったのではないでしょうか。

インターネットで無料でマジックを学ぶのもひとつの方法ですが、生身のマジックも学ぶ機会を持たないと、ロボットのようなマジシャンになってしまうかもしれません。マジックとは、もともと人と人のコミュニケーションの手段です。マジックを通して演技者の人柄を感じさせるということがいかに大切か、石田天海のみならず、フレッド・キャップス、リッキー・ジェイなどの人間味あふれるマジシャンから、私たちはそういったことを学びたいものです。

"Tenkai's Manipulative Card Routine"より

石田天海に関する手持ちの資料を調べたところ、1945年に発行された"Tenkai' s Manipulative Card Routine"の中に、天海パームが初めて文献に現れたときの図を見つけました。以下の図です。

これは天海パームの状態から、パームしているカードを出現させるやり方を説明しています。

親指は当然ながら観客からは見えない状態になっていますが、他の指が開いている点は、天海師がすでにその要素を利用していることを示しています。指を開くのが現代のマジシャンによって活用され始めた、という先週号での記述は間違いでした。

出現にはこの技法を使っていた天海師ではありますが、さすがにインターネット上で、空中に放り投げるようにして消失させるのに使われているのを見たら、驚くことでしょう。ましてやそのあと、またそのカードを出現させたとしたら、「そんなことには使わないでくれ!」と嘆くかもしれません。