= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.321

2015年6月19日

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現象を羅列するだけのマジックとの決別

数日まえの朝、目が覚めたとき、なぜかマジックキャッスルでの1シーンが思い浮かびました。ロスアンゼルスには(株)テンヨー創設者、山田昭氏の親友である小川さんがいました。小川さんはロスで青果品を主体としたスーパーのオーナーで、ロスのみならずラスベガスなとの有力者との交際が広い方でした。

小川さんとマジックキャッスルを訪問したとき、ラリー・ジェニングスのマジックを見て小川さんは言われました。「この人のマジックは面白くない。加藤さんのマジックのが面白いですよ」と。

なぜ突然このシーンを思い出したのかというと、たぶんまえの日にジェニングスの'キングストライアンフ'を読んだせいだと思います。そのトリックの現象は、4枚のKを見せてデックの中に分散させて入れ、それからデックを裏向きと表向きの半分ずつでシャフルします。デックを広げるとカードの向きがそろっていて、4枚のKだけがひっくり返っているというものです。

ジェニングスは4枚のKを分散させて入れることに対して、たんに「4枚のKをばらばらに入れます」と言うだけで、全体に対してもストーリー的なことは話していません。純粋に現象を見せているだけです。

ジェニングスの他の作品も考えてみると、ストーリー的な話をつけているものは多くなく、純粋に現象を見せるものが多いです。

おそらくジェニングスがマジックを演ずるときの狙いは、テクニックをうまくやり、テクニックから生まれる不思議さを際だたせたいということにあったような気がします。ジェニングスは私のカードマジックの先生ですから、先生のマジックをこのように分析するのはいかがなものかとも思いますが、天国の先生にはお許しいただくことにいたしましょう。

私はマジックを演ずるとき、客を笑わせようとか、びっくりさせようとか、感心させようとか、とにかく受けようという意気込みでやります。どちらかというとこのようなタイプの演じ方は、"客寄り"の演じ方であると言えるかもしれません。客が反応する部分が重要なのです。

それに対してジェニングスのマジックのあり方は、極上のテクニックから生まれる純粋な現象を見せたい、というところに主眼があります。客受け云々のまえに、自分のすごさを見せたいという、"自分寄り"の演じ方と言えるかもしれません。もちろんそれはアートとしてあるべき姿であり、観客がアートを鑑賞しようという体勢にあるときには、素晴らしい結果につながると思います。

しかし実際には、マジックをアートとして見ようという人よりも、エンタテイメントとして見ようとすることが、一般の人々のマジックに対する期待の持ち方であると思われます。

もちろん、アートでありながら客受けする、アートとエンタテイメントが両立しているアクトもあります。それが理想かもしれません。ポロックしかり、キャプスしかり、です。

私はポロックやキャプスのようなエレガントなキャラクターは持っていません。最初からアーティスティックな演技は志向していません。ひたすらエンタテイメント志向です。

ですから4枚のAとかKをデックの中に分散させて入れるとき、「4枚のKをばらばらに入れます」というようなセリフを言うよりも、「4枚のKを行方不明にします」というようなセリフを言うことを好みます。その一言をいうだけで、これからやることが、行方不明のKを不思議なやり方で見つけることである、というストーリーを暗示できるからです。

朝起きて、すぐ以上のようなことを考えたわけですが、これは何もいまになって突然考えたことではありません。もう私はとっくに、ただ人々を驚かせるだけのマジックとは決別してしまいました。

いま現在、フレッド・キャップスの'ホーミングカード'について書いていますが、キャプスが演じたこのマジックこそ、私がめざすマジックのあり方の好例です。捨てたカードがしつこく手元に戻ってくる、それにマジシャンが翻弄される、その不思議さとコメディの融合したアクトは、かのエド・サリバンショーでビートルズと同じときに出演して、観客を沸かせたカードマジックなのです。たかがカードマジックが、超一流バラエティショーの数分を独占したのです。

不思議な現象を見せることから、観客を楽しませることにグレートアップし、さらに観客を感動させるところまで、カードマジックに期待するのは高望みでしょうか。

追 記

以上をアップロードしてから、もういちど読み直して、ラリー・ジェニングスを否定していると思われる可能性があることを危惧しました。私の先生であるジェニングス氏のマジックのすごさは重々知っています。マジシャンが見たら頭を打ちのめされるレベルであり、世界中のマジシャンたちから崇拝されています。

ジェニングスのマジックがそのようなレベルであると認めてなお、エンタテイメントとしてのマジックをさらに追求したい、ということをお伝えしたいので、あえて上記の文章はそのまま掲載を続けることにいたします。

追 記 2

もうひとつ上記の文章で補則すべき点がありました。それは、純粋に現象の羅列でも、素晴らしいマジックがあるということです。それらを否定しているわけではありません。

いずれにしても、あくまでも「私のマジックはこうありたい」ということを書いたとご理解いただければ幸いです。