= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.330

2015年8月21日

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天国からの贈り物

ゲーリー・ウーレーが”ターベルコースインマジック”日本版完成パーティで来日したときの、彼のクロースアップマジックの演技を見た私は、沢 浩氏の真珠の演技を見たときと同じようなさわやかな感動をおぼえました。

テーブルの両端にステレオのスピーカーを配し、テーブルにはフラットな舞台のような、いわゆるテーブルマットを厚くしたようなものを敷き、その上で演技をしたのです。もちろん音楽と演技を合わせていました。

ウーレーはクロースアップマジックであろうとステージマジックであろうと、シアトリカルな(演劇的な)アートであると考えていました。その感性があったからこそ、彼はのちに’ワールドグレイテストマジックショー’というテレビ番組を大ヒットさせたプロデューサーとして、一躍名をはせました。59歳の若さで世を去ったことが惜しまれます。

さて、ゲリー・ウーレーの”クロースアップイリュージョンズ”(1990年)の冒頭に、とても素敵な文章が書かれています。それは、クロースアップマジックを人に見せるときの、マジシャンの心のあり方を表現したものです。その部分を忠実に翻訳してお届けします。

なお、原著の中で’Significant experience’と表現されているのを、適切な日本語が見つからず、’顕著な体験’と直訳していますが、’不思議な出来事’といった言葉に置き換えて理解してください。

クロースアップ劇場
= ゲリー・ウォレット、"クロースアップイリュージョンズ"、1990年 =

マジックはパフォーミングアートの一種です。ですから、舞台技術、演劇、デザイン、演出などについて考える必要があり、それらから恩恵を受けるものでもあります。

デレク・ボウスキルは、彼の”演技と舞台技術”(Acting and Stagecraft)の中で言っています。”人生とは、体験することであり、体験したことを人々と分かち合うことです”と。演劇においては、意味あるものを用いて、ひとつのスタイルにまとめて提示します。ですから、マジックとは、顕著な体験を想像力で伝えるものである、と定義することができます。

演劇における俳優は、顕著な体験を、いかにもそこにあるかのように演技によって再現します。しかしマジシャンは、実際に目の前に、顕著な体験を生み出します。演劇のように、シミュレーションではなく、本当の出来事を目の前で起こすのです。

実際には、マジシャンがやることは、ジャグラーやアクロバットと同じように、技を見せているのですが、ジャグラーなどのスリルだけでなく、想像力あふれる演劇の要素をかもし出すことができるのです。そこにマジックは、劇場アートとしての潜在力を持っているのです。

ステージマジシャンはこのことを、昔から理解していました。リビーンが絞首台に上がるときも、カパーフィールドが名場面を演ずるときも、リチャルディが美女をほうきの上に寝かせるときも、ジェフ・マクブライドが舞台上を動きまわるときも、観客は想像力の伝達方法を通して、顕著な体験を経験しているのです。

ところがクロースアップマジシャンは、その市場がまだ熟成していないために、演劇の観点をつかみきっていません。私たちは、あまりにも、技法、珍しいやり方、巧妙なセリフなどに気をとらわれています。私たちの食欲は、いまだ旺盛に優れたコントロール技法や消失方や、トライアンフのバリエーションなどを追い求めます。(それが、マジックの考案意欲の源泉でもありますが)。ことエンタテイメントの話になると、まだ口先だけで語る程度で、マジックにおかしなセリフを加えることぐらいにしかとらえられていません。

デジタルテクロノジーが支配する、めまぐるしく変化する現代においても、まだピラミッドパワーがカミソリの刃を研いだり、人が天国に行ってきたという話が聞かれるうちは、マジシャンはもっとも知性的な人々にさえ、子供が感じるような”驚き”を感じさせることができます。

それが私たちの追い求めるものです。

クロースアップマジックでは、劇場の大舞台もなく、イリュージョンの興奮もなく、照明や衣装のきらびやかさもなく、音楽も美人の助手も何もありません。

しかし私たちには、観客の人々と身近に接することができ、目の前で、まったく怪しさのない物を使って、より強力なパワーで不思議さを生み出すことができるのです。このクロースアップならではの強さに演劇的要素が加われば、それは見る人に一生忘れならない想い出を与えることになるでしょう。

私は長いセリフを演技中にしゃべることはありませんが、私がクロースアップマジックを演ずるときの、心の中のセリフを書くとつぎのようなものになります。


みなさん今晩は。私のクロースアップマジック劇場にようこそ。

舞台はてとも小さくて、演技者はたった1人ですが、ぜひ皆さんに楽しんでいただきましょう。カードに起こる奇妙なことや、2個のグラスのおかしな動き、ロープがかなでるメロディや、コインが起こす物語などを。

その昔、魔法使いが世界を支配していました。この宇宙はまるで劇場のようでした。そして地球はその舞台でした。

でもいまは、魔法使いは世界を支配してはいません。隠れ家に隠れてしまいました。そして、また力を見せるときをうかがってきました。

私と皆さんにとって、その時は今であり、これからの時間です。

ですから皆さん、気持ちをリラックスさせて、魔法がどんなものだったかを想像してください。魔法使いがパワーを見せていたころのことを。


"心の中のセリフを書くとつぎのようなものになります"という文章そのものが素敵ですね。サーストンは舞台に出るまえに、「私はこの観客を愛している」唱えたそうですが、ウーレーはマジックと取り組むそのときから、観客に対する気持ちをしっかりと抱いていたのです。

私はウーレー氏のケベックの家に滞在して、英語の説明書を準備した体験もありますし、ラスベガスで会ったこともあります。"クロースアップイリュージョンズ"に私のトリックを書いてもらったというのも、なつかしい思いで出です。今回、このウーレー氏の文章を日本語に翻訳してあったのを見つけたのは、まさに天国から贈り物を届けてもらったような気持ちがします。とても素敵な贈り物ですから、皆さんにお分けすることにいたしました。