= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.368

2016年5月13日

応援団サイト



日本帰国後の"天海ダイアリー"

現在翻訳中の原稿から、天海夫妻が日本に帰国してから、海外のマジシャンを接待していたことの一例を紹介いたします。

出典 “MUM” 1959年7月 執筆者:ジェシー・ミューラー

世界中を旅することにおいてもっとも素晴らしい体験は、どんな国でも私たち夫妻が訪れたときに、マジシャンだと知られたときに受ける歓待です。まるでフーディニやマリーニになったような気分にさせられます。

東京に着くと、私たちが宿泊していた帝国ホテルに、天海師とあの有名なおきぬ夫人が、多くのマジシャンとともにやってきました。私たちも含めて17人にもなりましたから、部屋では狭いので、屋上に行くことにしました。そこで皆でマジックを見せ合ったのです。

天海師の弟子のプロマジシャン西尾天芳師は、カップ&ボールを小さなライスボウルで演じました。彼はその道具を別れ際に私にプレゼントしてくれました。他にマジックを見せてくれたのは、氣賀康夫氏、吉本忠彦氏、小寺幸作氏などでした。

出典"New Tops"1964年6月 執筆者:フランシス・マシャル

海軍のレイ・ビームは日本に派遣されて以来、私と日本との連絡役をしてくれていて、とくに天海夫妻とはコンスタントにコンタクトを続けています。その彼が日本を離れるにあたってのお別れパーティについて報告してくれました。

そのパーティは同時に、ウィルトン・クレメンツ夫妻の日本訪問を歓迎するものでもありました。送ってくれた写真の中で、天海夫妻は東京のマジシャンたちに囲まれ、ウィルトンのジェーン夫人はブロンドに染めた髪と白いドレスで、引退間近のウィルトンの夫人でありながら、まるで29歳ぐらいに見えました。




このパーティについては、"Linking Ring"6月号にも報告されていて、天海師がアメリカのマジシャンを接待していたことが、ニュースバリューのあるものであったということです。この写真は、"Linking Ring"誌からのものです。

この写真にも、左端に氣賀康夫氏が写っています。氣賀氏が天海師と多くの日々をともにしたことを示す記録でもあります。

石田隆信さんからのメール

第2回天海フォーラムに出席された石田隆信さんから、"天海ダイアリー"に関するメールをいただきました。ご本人の許可を得て、紹介させていただきます。

加藤英夫様

こんにちは、石田です。天海フォーラムでのご講演ご苦労さまでした。帰宅後にPDFファイル「天海ダイアリー」を開いて驚きました。ご講演で使用された記事以上に、内容が豊富で充実していたからです。

ほぼ全ての米国の雑誌から天海師の記事を掲載された熱意に敬服させられました。石田天海師の米国での足跡を知る上で、外せない重要な資料となります。これからの石田天海師の調査に大いに活用させていただきます。

今後のご研究と発表を楽しみにしております。

石田隆信


日本帰国後の記事の翻訳は順調に進んでいます。8月初めの発行予定ではありますが、完成次第発行したいと思います。石田天海の偉大さは米国での活躍や評価だけでなく、日本に帰ってからの活動にも見られます。その様子が海外のマジシャンの視点で語られる"天海ダイアリー"の後半こそ、多くの方に読んでいただきたいものです。