= 加藤英夫のカードマジック研究報告 =

No.371

2016年6月3日

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ヒールブレーク

"Card Magic Library"第1巻、22ページに'サムペースプッシュオフ'が解説されています。左親指のつけ根で保持したブレークを利用して、ブレーク上の2枚を1枚としてダブルプッシュオフする技法です。

左親指のつけ根でのブレークに対しては、'サムベースブレーク'というのが定着しているわけではありません。'ヒールブレーク'と呼ばれることもあります。

ビクター・ファレリの"Farreli's Card Magic Part2"(1934年)"の中で、ファレリが'フレッシュブレーク'と称しているのを見つけました。そしてその技法は、イタリアのマジシャン、Ernardo Veneri(1847-1930年)が考案したと記しています。下図は同書からの引用です。

もっと古い記録があるかどうか検索したところ、 1670-1730年ごろ発行の"Biblioteca di Asti"というイタリアのマジックカタログに解説されていることが、"Gibiciere"Vol.8-No.1に書かれているという指摘を見つけました。残念ながら同誌の他の号はかなり所有しているのですが、その号が抜けているため、確認できません。

同カタログには、親指のつけ根でブレークを保持していたものを、ステップに以降して、パスやカットに続けることも書かれているそうです。

ということになると、私が1960年の"Linking Ring"に発表されたとして書いた、ハワード・ワードの'サムペースプッシュオフ'は、ワードが考案したというよりも、デックの中央で行っていたアクションを、デックのトップの2枚で行うように利用したものだということになります。

ということで、カードマジックの歴史の根が深いことを示す、さらなる例を見つけたことになります。しかしながら、歴史の研究というものは、たんにそういうものがあったということを知るだけでは何の意味もありません。先人が研究したものを知り、それを学び、それに自分のアイデアを加えていかなければ、自分が研究家として生きている意味がありません。

上記のイタリアの古い記録には、親指のつけ根のブレークをステップに以降することが書かれているわけですが、今回はそのことに考える糸口を見つけました。すなわち、サムブレークからステップやピンキーブレークに以降するのではなく、「サムブレークそのものを生かすことができないか」ということを思いついたのです。

「求めよ、されば与えられん」というのはこのことです。すぐにアイデアが浮かびました。ブレークの中に、右手に持った1枚のカードを入れる場合、ピンキーブレークに入れるよりも、サムブレークの方が都合がよいのです。

ピンキーブレークは右にあるため、入れようとすると、デックの右側を上げることになります。そうすると、右の観客から丸見えになります。サムブレークに入れるには、デックの左を上げることになりますから、割れ目は観客には見えません。

しかも、カードを入れる動作として、右手前から入れるのと、左手前から入れるのをやり比べてみてください。まるでナチュラルさが違うでしょう。

もっと利用価値のあるのは、少しブレークを広げれば、手元を見ないで右手のカードをさし入れることができることです。

「古きを訪ねて新しきを知る」とはこのようなことなのでしょう。もちろん、古いものからだけではなく、新しく発表されたものも学ぶべきであることは言うまでもありません。こうなってくると、1人の一生でカードマジックは学ぶことは、とてもたいへんなことです。

そういう意味でも、私がいままでまとめてきたこと、そしていま調査研究していることが、未来のマジシャンたちに役立ててもらえるのではないかと考えると、たかがカードマジックではありますが、何となく満足感をおぼえます。