カードマジック研究室

No. 013

2016年10月14日




失敗なくして成功はない

少なくとも私の体験においては、自分の考えに強く確信が持て始めた時期は、70歳を超えてからだと思っています。最近は、自分がやってきたことの善し悪しが、より明確に感じられ、いままでに失敗したことがまさに若気の至りであり、若気の至りであることを若いときのみならず、最近までやり続けてきたことに驚いてしまいます。

ことマジックに関していちばんそれに該当することは、マジックを考案したときに、自分の考えだけで善し悪しを判断するということ。それがたいへんによくないことであることを確信しています。というのは、いま私は"自分で作るトリックデック"という本を書こうとしていて、収録しようとしているトリックを撮影しているからです。

撮影した動画を見ると、まず角度によって秘密の動作が見えることがあります。秘密の動作ではなくても、"なぜあのときあのような動作をしたのか"と、おかしな動作をしたことに気づくこともあります。たとえばの話、相手にデックをシャフルさせているとき、私はリラックスした感じで両手をテーブルの陰に下ろしたとします。リラックスした感じを出そうとしたその動作が、"両手がテーブルの陰に隠れた"という、観客から見たら怪しさを発生しているのです。こんなことは動画で見なければ気づきません。

カードをいじりながら何かの説明をするとき、その説明がかなり長い場合、カードの方に視線を向け続けて話すことがあります。これは演技として望ましくありません。話の節目節目で観客の方に視線を向けるべきなのです。そんなことはショーマンシップの基本であるはずです。これも動画を見なければ気づきにくいことです。

今のところ"自分で作るトリックデック"の動画を27本撮影しましたが、それらを見直して見て、はたと気づいたことがあります。それは、ひとつのマジックのクライマックスを見せたとき、両手を広げてポーズを取ったところでフェードアウトして、動画を終わっていることです。そのことは、現象紹介の動画ですからいたしかたないと言えば、いたしかたないのですが、そのポーズを20数回も見せられると、どうしても鼻についてきます。

両手を広げたポーズが、いかにも「すごいでしょう」みたいな雰囲気を発生させるのです。そのようなマジックの終わり方は望ましくありません。観客は不思議さに圧倒されているのですから、そこで得意がった表情をしてはならないのです。

現象紹介の動画に関しては、"それでも良し"としておきましょう。しかしながら、人に対して直接演ずる実際の演技においては、ポーズの代わりに、たとえば「ということでお楽しみいただけたでしょうか」とか、「ご覧いただいたのが、○○の××という最新マジックです」、「というマジックですが、私もこれを見せられたときは、たいへんビックリしました」などなど、演技を穏やかに締めくくる言葉を添えるということが、人々とのコミュニケーションの手段としてマジックを見せるということにおいて、とても重要であるということを、今回の動画撮影において再確認したのでした。

70歳を過ぎた今後においてもまだまだ、失敗をやらかすような気がします。しかし、つねに自分がやったことに気を配るようにすれば、失敗の可能性は減らせますし、失敗してもすぐに気づくのではないかと思います。

たとえまだ失敗を繰り返すとしても、失敗に気づいたときに、つぎからはその失敗しないようにしようとか、失敗を挽回する行動を考えることなどによって、自分をレベルアップするようにしたいと思います。

逆説的に考えれば、失敗の繰り返しによって、人間は成長していくのでしょう。いままで多くの人に言われてきたことだとは思いますが、それを実感する機会の多い今日このごろです。